今日もどこかで祭りが灯る
お祭りマップ
祭りを探す
読みもの
ひともしについて
祭りを探す
ひ
ともし
お祭りを集めています
祭りを探す
ホーム
祭りを探す
開催月
開催中・まもなく開催
都道府県
全国
開催月・都道府県で探す
開催中・まもなく開催の祭り
だんじりの勇壮な曳行が魅力の伝統的な秋祭り
川面だんじり祭り
2026年10月17〜18日
10月23日の前週の土日
兵庫県 川面神社周辺
嘉永七年に建造されたと伝わり、金田町の地車も手がけた吹田の大工、並河長兵衛兼廣による作とされています。台座に彫刻を施し、中央の通柱に加えて後方の通柱にも彫刻を入れた脇障子を二対備えるなど、他に類を見ない独自の意匠が特徴です。棟の両端につく三面の鬼板は、前屋根に獅子の面、後屋根に波涛と向き合う竜の彫刻を配しており、数少ない手法が用いられています。江戸時代末頃から秋の祭礼で曳き出されるようになり、今日まで受け継がれています。
詳細を見る
翁と媼のお面をかぶった人が神輿や時代行列に付き添って町を歩く
阿智神社秋季例大祭
2026年10月17〜18日
毎年第3土日
岡山県 阿智神社
秋の豊作を祝う祭礼として行われています。前日にあたる土曜日には本殿での祭典が行われたのち、夕方からは舞や雅楽演奏などの奉納芸能が境内で催され、神輿を車両に乗せて氏子地域を巡る巡行も行われます。 翌日には、神霊を遷した神輿を中心に、歴史上の人物などに扮した行列が町を練り歩きます。各お旅所では祭典や舞、獅子舞などの奉納が行われ、神威を高めるための所作として、神輿の下を人々がくぐる場面も見られます。布団を重ねた形の太鼓神輿は、男女一対で担がれ、打ち鳴らされる太鼓とともに高く掲げられます。 獅子舞に加え、翁と媼の面をつけた人物が神輿に付き添う風習も見られ、これは高齢で祭礼に参加できない老夫婦に代わり、面をつけた者が供をしたことに由来すると伝えられています。この面で頭を叩かれると、一年の無病息災につながるとされています。あわせて、通りに面した家々が格子戸を外し、屏風や花を飾って迎える風習も行われます。
詳細を見る
献灯の屋台や奉納花火の打ち上げが行われる
平群天神社祭礼
2026年10月17〜18日
毎年10月第3土日
千葉県 平群天神社
南房総の平久里地区では、五穀豊穣を祈願する祭礼が古くから行われています。白丁姿の氏子による神輿渡御では、天神社社殿を三周したのち御仮屋へ渡ります。御仮屋の起源は定かではありませんが、当初は氏子の村長たちが提灯を持ち寄り献灯し、後に大名行列や獅子舞、神楽、棒術などの奉納が行われたと伝えられています。江戸時代末期、伊勢参りの途中で京都の山車を見た米澤村の人々が、青竹や和紙で形を作り灯りを灯して担ぎ回ったことが担ぎ屋台の始まりとされ、神輿とともに御仮屋へ献灯する習わしが続いています。担ぎ屋台は四輪の山車を引くのではなく、太い棒を付けて神輿のように担ぐ形式で、狭い場所では平久里川を担いで渡りました。昭和五十年頃以降は屋台後部に補助車輪を付け、前側のみを担いで進む形になりました。
詳細を見る
荒町と新町の長獅子舞が1年交代で渡御の露払いを務める
三春大神宮秋季例大祭
2026年10月17〜18日
毎年10月スポーツの日の前の土日
福島県 三春大神宮、中心市街地
三春大神宮は、もとは貝山地区にあった神明社を前身とする神社です。江戸時代、三春藩2代目藩主秋田盛季が大病の際に神明社を信仰して全快したと伝えられ、その後長男の輝季により現在地に遷座されました。明治時代に県社に昇格して三春の総鎮守となり、祭りもより盛大に行われるようになりました。 秋の例大祭では、中町・大町・八幡町・荒町・北町・新町・八島台の7地区がそれぞれ神輿を出し、町中を巡行します。新町と荒町には長獅子が保存されており、両町が1年交代で神輿の露払いとして長獅子を出します。
詳細を見る
金箔や精巧な彫刻、美しい刺繍の天幕で風和れた屋台を曳き回す
掛塚まつり
2026年10月17〜18日
毎年10月第3土日
静岡県 磐田市
貴船神社の祭典として伝わるもので、言い伝えによれば南北朝時代、後醍醐天皇の皇子である宗良親王が遠江沖で暴風に遭い遠州白羽へ漂着した際、貴船神社の祭典に行き合わせ、随行していた中御門中納言某から御公卿囃子を授けられたことに端を発するとされます。神輿に付された銅鏡の銘からは、少なくとも江戸時代の元禄期にはすでに催されていたことがうかがえます。神輿は町内を巡って御仮宮まで渡り、再び神社へ戻る形をとり、氏子の若衆が屋台を引きながらお囃子を奏でて供をします。お囃子は大太鼓・小太鼓・横笛からなり、ゆったりとした曲調を特徴とし、御公卿囃子や神楽囃子など八曲が受け継がれてきたもので、静岡県の指定文化財となっています。曳き回される屋台は九基あり、江戸時代のもの二基、明治時代のもの四基を含み、いずれも彫刻に金箔、漆、螺鈿が施された豪華な造りで、市の指定文化財にもなっています。
詳細を見る
樹齢数百年の杉並木が続く参道を巡行する姿から祇園祭のミニ版とも称される
質美八幡宮秋祭
2026年10月18日
毎年10月15日に近い日曜
京都府 質美八幡宮
質美八幡宮は平安時代に社殿が建立されたと伝わる古社で、度重なる兵火に遭い、現在の社殿は江戸時代の寛政八年に再建されたものです。秋祭りでは、御幣や御神体の人形を飾った四基の曳山が巡行し、それぞれの後に底抜け屋台が従います。屋台には床がなく、囃子方が内部に入って歩きながら笛や太鼓を奏でます。曳山や屋台はいずれも江戸後期頃の建造とされ、古くから受け継がれてきました。当日は公民館での神事に続き、剣鉾や獅子、天狗といった祭礼の一行が割り竹で清めながら八幡宮へ向かい、一の鳥居では獅子舞神楽が奉納されます。その後、参道に置かれた曳山と屋台が動き出し、樹齢数百年の杉並木の間を進みます。曳き手が少ないため各町が協力しながら坂を上り、本殿脇の広場に着くと餅まきが行われます。
詳細を見る
多数のだんじりが一斉に巡行・統一巡行を行う
大隅神社まつり
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
岡山県 大隅神社
大隅神社の氏子町内会が所有するだんじりは現在11台で、近年は1年ごとに表年・裏年を交互に設け、表年には11台全台が出動、裏年には2〜3台が出動します。 宵まつりと本まつりいずれも統一巡行を行うのが特徴で、城東まちなみ保存地区を中心とした旧出雲街道を全台が連なって練り進みます。夕刻から夜にかけて勢揃いした宵まつりの巡行は津山の秋の風物詩となっています。本まつりでは津山城下で休憩ののち催し会場へ向かい、各だんじりが演目を披露した後、残りの巡行路を進みます。大神輿は正午に神社を発ち、氏子町内会地域を巡幸します。
詳細を見る
子供達が鼕山車をひき若者たちが鼕を打ち鳴らす
松江祭鼕行列
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
島根県 松江市内
出雲地方では太鼓を鼕(どう)と呼び、打ち面を上に向けた直径1.2〜1.8メートルほどの大鼕を据えた山車屋台を、鼕宮または鼕台と称します。源流は平安時代から京都で行われていた正月行事の左義長で、開府後の松江でも江戸時代を通じて左義長やとんどとして正月に営まれていました。明治時代には天長節に鼕を出して祝うようになり、大正4年の大正天皇即位の御大典の際、各町が鼕の大きさを競って屋根付きの山車屋台を造り、市中を行列したことが現在の形の始まりです。鼕宮は各町内に祀られる歳徳神の宮の仮宮として白木の社造りを模しており、正面に歳徳神の額が掲げられます。法被姿の子どもたちが山車を引き、若者たちが鼕を打ち鳴らし、笛やチャンガラの音とともに市中を巡ります。
詳細を見る
風流奴行列や時代を風刺したユニークな山車が練り歩く
大竹祭
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
広島県 大竹駅前~疫神社
「奴行列」と「山車の風流」を中心とする祭りで、市指定重要文化財に指定されています。起源は明確ではありませんが、江戸時代以前から小瀬川流域で行われていた和紙生産が明治期に大竹の町に経済発展をもたらし、それに伴って祭りも盛んになったと伝えられています。現在の形になったのは明治11年頃とされています。 「奴行列」は1番隊から7番隊までの各4人、計28人に世話人や挟み箱持ちを加えた総勢53名で構成されます(人数は変動することがあります)。「山車の風流」は、幅約3メートル、高さ約4メートルの太鼓台車に武者ものや童話を題材とした飾りを施し、半纏・鉢巻姿で化粧をした子供などが鼓笛に合わせて引き廻します。山車は旧大竹町の6地区から1台ずつ出され、1台につき約100人の曳き手が太鼓や笛に合わせて進みます。
詳細を見る
宵宮では伊勢音頭とともに額燈が宮入りする
神田まつり
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
大阪府 池田市 八坂神社
神輿に残る銘記から、江戸時代中期にあたる1756年頃には既に行われていたと考えられている祭りです。神田の旧六ヶ村である脇塚、上畠、中の島、北神田、宮之原、河原島の氏子たちが伊勢音頭を歌いながら額灯を担ぎ、八坂神社へ宮入りします。幟の宮入りや神輿渡御も行われ、子どもによるだんじり巡行も執り行われます。幟と額灯の両方が宮入りする形式が今なお続いている点は、祭礼行事として珍しく貴重なものとされています。
詳細を見る
関船やだんじりが大里松原海岸の砂浜や沿道を駆け抜ける
大里八幡神社秋祭り
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
徳島県 大里八幡神社
江戸時代から受け継がれてきた海部川流域の総氏神を祀る伝統的な秋祭りです。 船形の山車「関船」とだんじりが海部川河口付近の約4kmにわたる松原海岸を砂煙を上げて駆け抜ける様が最大の見どころです。鞆浦から関船2台・だんじり2台、奥浦・大里・四方原からだんじり各1台の計7台が松原に引き出され、鉦や太鼓とともに松林の中を疾駆します。 各町内を出発した山車は小宮・中宮前などで数回の疾走を重ねながら本宮へ向かい、南町関船「八幡丸」の鳥居回しを皮切りに様々な走りが繰り広げられます。渡御祭では高く差し上げた神輿の下を人々が潜り抜けてご利益を願います。夕闇に灯りを揺らしながら帰途につく関船やだんじりの祭囃子と若衆の伊勢音頭には哀愁も漂い、女性たちによる「女だんじり」も祭りに加わります。
詳細を見る
熊野灘で遭難した速玉男命が大蛸に助けらた伝説に基づいた神事
蛸舞式神事
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
鳥取県 福岡神社
祭神である速玉男命が、海で遭難した際に大蛸に助けられ、無事に上陸したという伝承に基づいて行われている神事です。鳥取県の無形民俗文化財に指定されています。 本殿での秋季例祭に続き、礼服姿の氏子たちが供え物や御幣を携えて舞堂へ移動し、大注連と呼ばれる飾りに祭神の御霊を移す神事が行われます。笛や太鼓による神楽の演奏とともに、大注連の綱が操られ、上下に揺れる様子が神の舞いとして表されます。 その後、ふんどし姿となった氏子たちが、藁で作った蛸を持つ役を中央に据え、神楽囃子に合わせて何度も担ぎ上げます。蛸の足の数にあわせて繰り返し持ち上げる所作が行われ、これは海が静まった様子を表すとされています。最後には、堂内の梁に抱きついた一人を、複数の役の者が梁の周りで回転させる所作が行われます。これは、助けられた祭神への感謝と、蛸が船の先で航海の無事を喜ぶ様子を表現したものと伝えられています。一連の神事には、ほかにも複数の祭儀が含まれています。
詳細を見る
彫の堆朱や金箔で美しく飾られた屋台が町内を練り歩く
岩船大祭
2026年10月18〜19日
毎年10月18,19日
新潟県 村上市岩船地区
石船神社の例大祭で、祭神が「石の舟」でこの地に来たとする伝説に由来し、「舟囲い」とも呼ばれています。海の恵み・山の恵みをはじめあらゆる生業に感謝する、この地方の一年を締めくくる秋祭りです。起源は定かではありませんが中世の文書にも記録が残り、500年以上の歴史を持ちます。かつては陰暦9月19日に行われていましたが、明治11年に明治天皇の巡行と重なったことを機に現在の日程に改められました。昭和63年には新潟県無形民俗文化財に指定されています。 拝殿から大鳥居まで若衆に担がれ参道の階段を下り屋台に移される「御舟」は、漆を重ねた朱塗りの豪華なものです。木遣り唄に合わせ、玉槍・御神輿・おしゃぎり屋台9台が町中を練り歩き、上岩船と下岩船が隔年で巡行順を入れ替えながら町内を巡ります。多くの提灯の明かりのもと「ともやま」行事が終わる夜遅くまで続きます。
詳細を見る
出雲地方で太鼓を意味する鼕が響き渡る
松江祭 鼕行列
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
島根県 松江市内
出雲地方では太鼓を鼕(どう)と呼びます。鼕行列は、打面を上に向けた大きな鼕を据えた山車屋台(鼕宮・鼕台)を、多数の人々が打ち鳴らしながら引き廻る行事です。 起源は平安時代に宮中で行われていた正月行事「左義長」が各地に伝わったもので、出雲地方では「とんど」行事として歳徳神を祀り、五穀豊穣や平安を祈願していました。松江開府後、城下では小正月のとんど行事に合わせ、歳徳神の宮を担ぎ、鼕・笛・チャンガラを囃しながら町を練り歩く独特の形態が見られました。各町内には歳徳神の宮を祀る組み立て式の「宮宿」が建てられ、子どもたちが鼕を打っていました。 明治以降、行事は形を変えながら継承され、大正4年の大正天皇即位の御大典の折に、各町が屋根付きの鼕宮を造り、38町内55台が市内を行列したことが現在の鼕行列の始まりとなりました。鼕宮は歳徳神の宮の仮宮として宮宿を模して造られ、正面に歳徳神の額を掲げます。 現在は、引き手や鼕の打ち手、笛、チャンガラなど総勢百名前後で構成され、各町内が趣向を凝らした鼕宮を打ち鳴らしながら練り歩きます。
詳細を見る
鳴海表方祭とも呼ばれる伝統的な祭礼
鳴海八幡宮例大祭
2026年10月18日
毎年10月第3日曜
愛知県 鳴海八幡宮
鳴海八幡宮の祭礼として伝えられるもので、いつ始まったかは定かでありませんが、江戸時代初めには湯立神事などの祭事が行われていたとされます。安永八年の記録『鳴海祭礼図』によれば、当時は旧暦八月十四・十五日に営まれ、前夜に御旅所へ神輿の行列が到着し、当日は猩々を先頭に傘鉾などの練り物が八幡宮へ戻る行程がとられていました。お囃子を奏でる釣り屋形と呼ばれる練り物もあり、中には舞台を設けて見世物を出す形態のものもあったと伝わります。文化・文政の頃には彫刻を施し漆塗りの台車を備えた傘鉾車が作られるようになり、釣り屋形はやがて囃子車へと発展しました。旧東海道鳴海宿の中心部にあたる作町・根古屋・本街・相原町・下中町には山車があり、神輿渡御の日には旧道を曳き回し、八幡宮への宮入では猩々・笠鉾とともに行列を組みます。夜には作町交差点に各町内の山車が提灯を灯して集まり、車切を行います。
詳細を見る
重さ約2〜3トンのだんじりが真正面から激しくぶつかり合う
勝山喧嘩だんじり
2026年10月19〜20日
毎年10月19,20日
岡山県 中国勝山駅から勝山町並み保存地区
真庭市勝山の高田神社・高応神社・一宮神社・鈴神社・玉雲宮で催される秋祭りです。城下町の風情ある街並みを舞台に、9台のだんじりが正面からぶつかり合います。「おいさぁ!」の掛け声と鐘の音が響く中、華やかに飾られた山車が走り出し、激しい衝撃音とともに押し合います。タイミングと力が勝負を分ける、相撲に通じる駆け引きが見どころです。
詳細を見る
ふんどし姿の男たちが秋の海へ次々と飛び込む
高山の潮垢離
2026年10月21日
毎年10月21日
愛媛県 高山・宮野浦地域づくり活動センター裏海岸
賀茂神社の秋の大祭の宵宮に行われる禊の神事です。 神輿や牛鬼を担ぐ若衆が身を清めるとともに、神具である牛鬼の竹骨格(メド)を海水で洗い清めます。若衆は中神・前神・後神の3組に分かれ、それぞれ定められた宿で準備を整えます。浜に祭壇が設けられて神事が始まり、井桁に組んだ割木に火が放たれると、褌に藁草履姿の若衆が篝火の周りに集まります。その後、2〜3人で肩を組み「ヤ~エ~トコ~」の掛け声とともに繰り返し海へ飛び込んで禊を行います。終盤には海中に沈めていた牛鬼を引き揚げて浜に曳き上げ、篝火の周りを3周した後、通りを練り歩いて宿の脇にメドが据えられ神事が締めくくられます。なお、路上に脱ぎ捨てられた藁草履を拾い玄関に祀ると無病息災で過ごせると伝えられています。
詳細を見る
だんじりと布団太鼓が練り歩く
津原神社秋祭
2026年10月21〜22日
毎年10月21,22日
大阪府 津原神社
豊年を祝う秋祭りとして受け継がれてきました。玉串地区のだんじりと神輿、花園本町地区・東町地区の布団太鼓が一つの祭礼に混在するのが特徴です。日中は各地域をそれぞれ曳行して回り、夕方になると神社前などで布団太鼓の担ぎ合いが行われます。花園二町の布団太鼓による担ぎ合いは、宵宮・本宮の両日を通じて見られます。本宮の日には境内でだんじりの宮入も行われ、玉串地区のだんじりは毎年三町のうち最後を務め、境内を全速で何度も行き来したのち、本殿前でだんじりの後部を差し上げる所作を披露します。宮入を終えると神輿を担いで神殿へ奉納し、祭りを締めくくります。
詳細を見る
高張提灯を激しくぶつけ潰し合う
津の宮の提灯祭り
2026年10月21〜22日
毎年10月21,22日
兵庫県 津の宮(魚吹八幡神社)
神輿3基の渡御・還御に加え、屋台18台と檀尻4台の練り出し、獅子檀尻による獅子舞奉納、楼門前での提灯練りなどが行われる祭礼です。 提灯練りは御祭神のお旅に際する神事の一部で、伊勢音頭を歌いながら締め込み姿の若者数百人が提灯をすり合わせ、最後に互いに叩き割る様子が見られます。近年は巨大な提灯も加わり、初日の夜から行われます。 初日には村練りや檀尻の練り込み、提灯練り、神輿渡御が行われ、神様は御旅所で一泊されます。二日目は屋台の練り合わせと差し上げが行われ、御旅所神事で神楽獅子舞が奉納されたのち、屋台・金幣・神輿・檀尻の順で還御となります。楼門前での檀尻奉納演芸を経て、各町村へ帰路につきます。
詳細を見る
豪華な時代装束をまとった市民が都大路を練り歩く一大歴史風俗行列です
時代祭
2026年10月22日
毎年10月22日
京都府 平安神宮
平安遷都千百年を記念し、平安神宮の創建にあわせて明治二十八年に始まりました。東京への遷都で活気を失った京都の再興策として博覧会が催され、その紀念式典の行列が起源とされています。行列は、明治維新の時代から平安京造営期の延暦時代まで、八つの時代を経て風俗の移り変わりをたどるもので、衣装や調度、祭具は厳密な時代考証に基づき復元された品が用いられています。維新勤王隊を先頭に、各時代の装いをした人々が馬や牛車を伴いながら進み、都の千年の歴史を巻物のように示していきます。行列は平安神宮の祭神である桓武天皇と孝明天皇の神霊を奉じる神幸列に供奉する祭列としての意味も持ち、市中を巡ることで人々の暮らしを見ていただき、行く末の平安を祈る神事とされています。
詳細を見る
前へ
1
2
3
4
次へ