明治7年(1874)、県庁構内で行われた神武祭典に際し、倭町三丁目が東京日本橋から山王祭の静御前山車を、泉町が宇都宮から諫鼓鶏の山車をそれぞれ購入して披露したことが起源です。これを機に各町が大工や人形師に山車を発注する動きが広まりました。 江戸との舟運で栄えた商人たちの財力と気概によって育まれた祭りで、神社の祭礼ではなく市民主導の祝典として発展してきました。昭和12年(1937)の市制施行を境に市の発展を祝う祭りへと性格を変え、現在は隔年開催となっています。 江戸末期から明治にかけて作られた9台の山車には、3代目原舟月ら名工の手による人形が載り、うち6台が栃木県指定有形民俗文化財に指定されています。山車同士が寄り集まって囃子を競い合う「ぶっつけ」が祭りの中核をなします。
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