岐阜県垂井町の八重垣神社の祭礼で、660年以上の歴史を持ちます。 起源は南北朝時代の文和2年(1353年)、後光厳天皇が南朝の軍を避けて垂井頓宮に逃れた際、里人が天皇を慰めるために花車3輌を造って曳き回したことに始まるとされています。その後、寛永頃から舞台付きの曳車山が作られるようになり、安永年間(1772〜1780年)に子どもによる地歌舞伎が演じられるようになりました。 西町の攀鱗閣・東町の鳳凰閣・中町の紫雲閣の3輌の曳車山は、漆塗り・蒔絵・名工による彫刻金具を施した豪華なもので「動く陽明門」と賞賛され、岐阜県重要有形民俗文化財に指定されています。屋根上部にはそれぞれ三種の神器が取り付けられています。子ども歌舞伎と祭りばやしはそれぞれ垂井町の無形文化財に指定されており、小学生の芸児が約2週間の稽古を経て祭りの3日間に10数回舞台に立ちます。
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