挙母神社の例祭で、寛永年間(1624〜1643年)頃より行われ、寛文4年(1664年)の記録に飾車と獅子舞が記されていることから、この頃には現在の原型が存在していたと考えられています。 寛延3年(1750年)に南町が藩命により飾車を作り、安永7年(1778年)に新北町が加わって現在の8町が揃いました。かつては子供たちによる歌舞伎狂言が各町から奉納競演され、山車が七州城へ引き入れられ藩主が観覧する盛大な祭礼でしたが、明治維新後に城中への引き込みと歌舞伎狂言が廃止され現在の形となりました。 試楽では8台の山車が町内を曳き廻り、夜は提灯を持った氏子たちが境内を7周する「七度参り」で五穀豊穣を祈願します。本楽では号砲を合図に紙吹雪の中を山車が神社境内へ曳き込まれ、最後の「泣き別れ」で来年の再興を誓って幕を閉じます。8台の山車はいずれも県・市の有形民俗文化財に指定されています。
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