防府天満宮の最重要神事で、1000年以上の歴史を持ちます。 起源は菅原道真公の生涯と結びついています。昌泰4年(901年)、左遷の途中に勝間の浦へ着船した道真公は「松崎の地に住まい、無実の知らせを待ちたい」と望みましたが、延喜3年(903年)に太宰府で薨去。翌年、松崎の地に防府天満宮が建立されました。都では道真公への贈位が行われたものの防府への知らせは届かず、百年後の寛弘元年(1004年)、一条天皇の勅使が派遣されて初めて「無実の罪」が奏上されました。御神幸祭はこの勅使降祭を起源とし、道真公に「無実の知らせ」を伝える祭りとして受け継がれています。 江戸時代後期、天神信仰の高まりとともに一般民衆も奉仕を熱望するようになり、佐波川の冷水で身を清めてそのまま奉仕する姿から「裸坊」と呼ばれるようになりました。現在は白装束の裸坊約5000人が「兄弟ワッショイ!」の掛け声とともに勝間の浦まで往復し、重さ500kgの御網代輿が58段の大石段を滑り降ります。
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